チェンソーマンの時代設定は1997年!なぜ過去が舞台?史実との違いや理由を解説

チェンソーマン

大人気漫画『チェンソーマン』を読んでいると、ふとした瞬間に「あれ? この世界っていつの時代なんだろう?」と不思議に思ったことはありませんか?

登場人物たちはスマホを持たず、連絡手段はもっぱら公衆電話や家の固定電話。テレビはぶ厚いブラウン管。それでいて、現実の歴史には存在しないはずの恐ろしい悪魔たちが日常を脅かしている……。

実は、『チェンソーマン』の第一部(公安編)には明確な時代設定が存在します。それは**「1997年」**です。

なぜ作者の藤本タツキ先生は、あえて現代ではなく20年以上も前の過去を舞台に選んだのでしょうか。そこには、物語を面白くするための緻密な計算と、作品の根幹に関わる「歴史の改変」という衝撃の事実が隠されています。

今回は、ファンなら絶対に知っておきたい『チェンソーマン』の時代設定の謎と、現実の歴史との決定的な違いについて徹底的に解説していきます!


決定的な証拠!物語の舞台が1997年である理由

まずは「本当に1997年なの?」という疑問をスッキリさせておきましょう。物語の中で、時代を特定できる決定的なシーンがいくつか登場します。

一番分かりやすいのは、単行本9巻の第75話です。世界中を恐怖に陥れた「銃の悪魔」が日本に上陸するシーンで、画面にははっきりと**「1997年9月12日」**というテロップが表示されています。

また、作中に登場するキャラクターの死亡届や、マキマさんが目を通す報告書などの書類にも「平成9年」や「1997年」という数字が記されています。ちなみに1997年といえば、現実の世界ではたまごっちが大流行し、フジテレビが現在の台場本社に移転した年でもあります。

現在連載中の第二部(学校編)は、第一部のラストから約1年〜1年半が経過した後の物語。つまり、時系列としては1998年から1999年にかけての時代を描いていることになります。

この「1990年代末」という設定には、単なるノスタルジー以上の、物語上の重要な仕掛けが組み込まれているんです。


なぜ現代じゃないの?90年代を舞台にした3つの理由

今の時代、漫画の舞台といえばiphoneを使いこなす現代設定が主流ですよね。あえて1997年を選んだのには、主に3つの理由が考えられます。

1. スマホやSNSがないことによる「絶望感」の演出

現代を舞台にしてしまうと、悪魔が現れた瞬間に誰かがSNSでライブ配信を始め、位置情報はGPSで特定され、対策本部の指示も一瞬で全デビルハンターに共有されてしまいます。

しかし、1997年ならそうはいきません。

  • 連絡を取りたければ公衆電話を探して10円玉を入れなければならない
  • 仲間がどこで戦っているのか、現場に行くまで正確には分からない
  • 情報が遮断されることで、読者もキャラクターと同じ「何が起きるか分からない恐怖」を味わえる

この「情報の不便さ」が、ホラーやアクションとしての緊張感を極限まで高めているのです。

2. 「ノストラダムスの大予言」という終末の空気

90年代を生きた人なら覚えているかもしれませんが、当時は「1999年7月に世界が滅びる」というノストラダムスの大予言が本気で信じられていた時代でした。

『チェンソーマン』の世界において、悪魔の強さは「その名前がどれだけ恐れられているか」に比例します。世界中が「もうすぐ人類が滅びるかもしれない」という漠然とした恐怖に包まれていた1990年代末は、最強クラスの悪魔(根源的恐怖の名を持つ悪魔)を登場させる背景として、これ以上ない最高のシチュエーションなのです。

3. 藤本タツキ先生の「映画的」なこだわり

作者の藤本先生は、大の映画好きとして知られています。1990年代の映画は、独特のザラついた質感や、どこか退廃的で混沌とした雰囲気を持っています。

デンジたちが過ごす、少し薄暗くて、煙草の煙が似合う都会の風景。あのアナログで剥き出しの空気感を表現するために、自身の原風景でもある90年代を選んだのではないでしょうか。


史実とここが違う!チェンソーマンに食べられた「消えた概念」

さて、ここからが『チェンソーマン』の設定の面白い(そして恐ろしい)ところです。この作品の世界は、私たちが知っている1997年とは似て非なる「改変された歴史」を歩んでいます。

物語の中でマキマさんが語った衝撃の事実。それは、チェンソーマン(ポチタ)には**「食べた悪魔の名前をこの世から完全に消し去る力」**があるということです。

そのせいで、作中の1997年には、現実には存在するはずの以下のものが「最初からなかったこと」になっています。

  • ナチスとホロコースト: チェンソーマンがナチスの悪魔を食べてしまったため、第二次世界大戦の悲劇的な記憶や歴史そのものが人々の頭から消えています。
  • 核兵器: 「核兵器の悪魔」が食べられたため、核による抑止力も、核爆弾の恐怖も存在しません。
  • エイズ: 深刻な病気のひとつとして恐れられていたエイズも、概念ごと消滅しています。
  • 死以外の4つの結末: かつて生物には「死」の他にも4つの異なる人生の終わり方があったそうですが、それらもすべて食べられ、今は「死」だけが残っています。

このように、チェンソーマンが過去に何を食べてきたかによって、世界の歴史や構造が根底から作り変えられているのです。


1997年なのに「ソ連」が残っている謎

歴史改変の影響は、政治の勢力図にも現れています。現実の歴史では、ソビエト連邦(ソ連)は1991年に崩壊していますよね。

しかし、『チェンソーマン』の1997年では、ソ連が依然として強大な国家として存続しています。 レゼ(ボム)のように、ソ連の国家戦士として育てられたキャラクターが登場するのもそのためです。

なぜソ連が残っているのか? 考察の域は出ませんが、おそらく「核兵器」が消えたことで、現実の冷戦とは違う形の軍拡競争が起きたからだと推測されます。

この世界では、兵器の代わりに「悪魔」をどれだけ軍事利用できるかが国家の力になっています。歴史の分岐点がどこにあるのかを考えながら読み返すと、さらに深みが増します。


デンジたちの暮らしに見る「90年代らしさ」

ストーリーの壮大さとは裏腹に、デンジたちの日常に散りばめられた「90年代アイテム」にも注目してみましょう。

  • 固定電話と留守電: デンジの部屋にかかってくる電話。カチャカチャという受話器の音。
  • ブラウン管テレビ: ニュースを映し出す画面が少し丸みを帯びています。
  • レトロな車: コベニちゃんが買った、あの災難に見舞われる車も、当時の欧州車を彷彿とさせるデザインです。
  • 喫茶店文化: 現代のようなカフェチェーンではなく、タバコの煙が漂う「純喫茶」が重要な交流の場になっています。

こうしたアナログな小道具たちが、作品全体にどこか懐かしくて切ない、独特の情緒を与えています。デジタル化される一歩手前の、人間の体温や「血の匂い」がダイレクトに伝わってくるような時代の感触。それこそが『チェンソーマン』の魅力の一部なのです。


1999年へ……第二部で加速する終末へのカウントダウン

現在、物語は1998年から1999年へと足を踏み入れています。

予言の年である1999年が近づくにつれ、人々の間に広がる不安は増大し、それに呼応するように悪魔たちの動きも激化しています。

「飢餓」や「死」といった、より根源的な恐怖がどのように形を成していくのか。そして、1997年に始まった物語が、世紀末という大きな節目でどのような結末を迎えるのか。

もし私たちが今の記憶を持ったまま、スマホもSNSもない1997年の世界に放り込まれたら……。そんな想像をしながらページをめくると、デンジたちが感じている「明日をも知れぬ不安」をよりリアルに体験できるかもしれません。


チェンソーマンの時代設定は1997年!なぜ過去が舞台?史実との違いや理由を解説

ここまで解説してきた通り、『チェンソーマン』の時代設定が1997年であることには、物語を最高に面白くするための深い意図が込められていました。

スマホのない不便な時代だからこそ際立つ、人と人との生々しい繋がり。そして「概念を食べる」という設定によって生み出された、現実とは違う歪な歴史。

これらを知った上で読み返すと、第1話でデンジが借金を背負っていた過酷な環境や、マキマさんの不可解な言動、そして第二部で描かれる「ノストラダムスの大予言」へのカウントダウンが、より一層立体的に見えてくるはずです。

1997年という特別な年を舞台に、チェンソーの轟音がどこまで響き渡るのか。これからもこの「過去にして異世界」な物語から目が離せません!

今すぐ最新巻を読み直して、背景に描かれた当時の空気感をチェックしてみてはいかがでしょうか? きっと新しい発見があるはずですよ。

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